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6月15日に見に行った展覧会(4):「ハルトシュラ mental sketch modified」展@CAS
※出展作家:Jimin Chun 川村元紀/長谷川新(キュレーター)
「透明で幽霊で複合体なものに向けて―「ハルトシュラ-mental sketch modified-」」
展覧会のタイトルに、1924年に書かれた宮沢賢治の詩を引っ張りだしてくるのは、あまりに唐突かもしれない。彼は生前唯一出版されたその詩集の序において、執拗に「そのとほり」とくり返した。まずはそこからはじめよう。
「そのとほりの心象スケツチです」
「記録されたこれらのけしきは記録されたそのとほりのこのけしき」
矢継ぎ早に切り出される「そのとほり」。あたかもそれはphotographyがかつて「写真」と翻訳されたために抱え込んだ呪縛さながら、「写生 sketch」が「生のまま写し取る」ものだと言わんばかりの強迫観念だ。しかし彼は詩の中盤にこれをひっくり返してみせる。彼は書いた。
「正しくうつされた筈のこれらのことばがわづかその一点にも均しい明暗のうちに(あるいは修羅の十億年)すでにはやくもその組立や質を変じしかもわたくしも印刷者もそれを変らないとして感ずることは傾向としてはあり得ます」〔強調:筆者〕
今写し取ったものが、生のまま写し取れたと思ったものが、がらりと変化しているにも関わらず、私たちはそれを変らないものとして感じているかもしれない。「そのとほりの心象風景 mental sketch」は常に修正をよぎなくされる modified。知覚し、認識したものは、すでに自分の頭のなかにあったぼんやりとしたイメージの糊にひっつくことで、イメージとしての「そのとほり」に絡めとられているかもしれない。それをただ無批判に「そのとほり」と言っているだけかもしれない。そのイメージの糊を、ものの側からはがしとることはできない。なぜなら、その糊は私たちの頭のなかだけではなく、ものの側にもついているからだ。もちろんそれをこうポジティブに言い換えることは可能だ。頭の中で考え方を変えるだけで、目の前にあるものを捉えなおすことができる、と。そしてものが持っている、当初作られた目的とは異なった在り方を見いだすこともできる、と。
インスタレーションは、その言葉自体が70年代末に日本に輸入され、80年代初期に広がりをみせ今に至る様式である。透明で幽霊で複合体的なそれは、ジャンルの壁を超え、美術という枠組みすら超え出ている。本展でのジミン・チャンと川村元紀の作品を観ても分かる通り、インスタレーションという言葉はあまりに遠く離れたものすらも等質に語ってしまい得る。私たちはなんとか目につくことができる共通点をまさぐり始めてはいないだろうか。空間全体を用いた、場への志向、状況に応じたふるまい。そこで頻出する修飾語 modifierは「日用(常)品」だ。身近にあるもの、ありふれたもの。インスタレーションは「わたくしといふ現象」を示すために「日用(常)品」を召喚した、透明で幽霊で複合体的なものでしかないのだろうか。ジミンは自作の詩をさまざまなメディウムに溶け込ませることで、確かに自己の内奥をそれらに託してはいる。彼女の少女的な世界観はしかし、多くの国々でのレジデンス体験を経て葛藤を帯び、自閉へとは向かわずに空間との奇妙な同期を開始する。彼女自身が誰よりも気づいている現実との衣擦れの音。ノイズ未満のノイズ。一方川村はどうだろうか。美的な佇まいとはほど遠いながら、彼自身の文法にのっとった、既視感からほんの少し外れたなにかがそこには並んでいる。川村は自身の作品をかつて「日常から無意味へのルート検索」と名指したが、彼のインスタレーションはむしろ、この「…から…へ」にこそあるのではないか。
2002年、ゼロ年代のはじめに、神谷幸江は『美術手帖』の特集のなかで、今後グローバルとローカルを等価に横断するアーティストたち(彼らは「ゼロゼロジェネレーション」と呼ばれていた)はコスモポリタニズムか自閉かのどちらかへと二分されるのではと問いかけていた。それから10年と少し。ふたりのインスタレーションはいま、現在地の手触りをもとに、その未分化な境界を、常に移動し続けている風景を、危ういながらも通り抜けようとしているのだ。








